コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

ロシア色

ロシアのイメージカラーって言われてどんな色を思い浮かべます?共産国、社会主義国だった頃の印象が強い人なら「赤」って言うかもしれませんし、タイガとかどこまでも埋め尽くす森の印象が強い人なら「緑」って言うかもしれませんね。


ワシは、薄いグレー。映像で見たことのあるロシアはたいがいどの町でも曇っていて、薄暗いグレーの空の元、それを慰めるような色鮮やかな建物があるのが印象的でした。


6月3日、ロシア二日目は、だいたいそんな薄いグレーで覆われた一日になりました。



前夜の深酒のワリに目覚めは爽やか。あんまり腹も減ってませんが、食えるときに食うのは旅の鉄則、ってことで、同室の後輩と一緒にホテルの朝食会場に行ってみますと……わお、8割以上がチャイニーズ。ここロシアでも、昨今の中国人富裕層による旅行が盛んなようです。


なんとか席を見つけて座りますが、中々に朝から賑やかで、しかも大概、バイキングのトングとかを元に戻してくれないものですから、なんとなく汚れもひどくて、食欲が減退してしまいました。それに輪を掛けるように、このバイキングの料理がことごとくイマイチだったもので、ワシとしたことがプレート一枚と珈琲で終わらせる始末。


朝食後は集合時間まで間があったので、後輩とふたり、ホテルの近くを散歩します。坂の上にあるホテルから、海沿いの道を下って海の方へ。日曜日朝のウラジオストクは、人通りも少なく、薄暗い曇り空がそのまま道や海に映り込んでいるかのように、少し、どんよりした雰囲気。


町並みは決して綺麗では無いのですが、まぁ日本の裏町もこんなものだろうという感じ。ただ、日本と決定的に違うのは、前日も書きましたが道路の陥没率。歩道も、もう、そこかしこに陥没したりで、歩きにくいことこの上ない。もちろん、注意を促すロープや囲いもありませんから、結構な注意が必要です。


ヨットハーバーのある海岸まで出れば、近くには陸上競技場や遊園地と、遊行施設が固まっているようです。そんな中、まだ閉まっている遊園地の中に見えた観覧車に、ガラスが無い……そう、籠をそのまま吊している感じです。怖そうだけど乗ってみたいなぁ……と思いましたが、残念ながらその機会が無いままウラジオストクを離れていました。


風船を売る人、釣りをする人、日曜だからか教会に吸い込まれていく人……これが恐らく平均的なロシアの方の姿なのでしょうか、ありふれた言い方ですが、素朴な感じを受けます。


送信者 極東ロシア弾丸旅(編集中)

海岸沿いの街並み
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籠だけの観覧車がまわる遊園地
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ロシア正教会。日曜ミサでもやっていたのか、音楽が流れていました。


ホテルに戻るに坂を登りますが、これは後々まで効いてくるのですが、この町は坂が多く、急!結構、心が折れそうになるレベルです。そして、ホテルの目の前には建設中の建物、ですが、どう見ても廃墟の解体工事です。日本みたいに下から全体を組み上げていくのでは無く、まずは大枠を上まで作って、そこにいろんなもの、窓や壁をはめていくようで、故にぱっと見は廃墟のように見えるのです。



ホテルで集合して、ガイドのアレキサンダー君の運転する車でウラジオストク半日観光へ。オプショナルツアーですが、今回、早めの申し込みだったので、幾つかの中からオマケが付けられるってことで、そのひとつだったこのツアーを申し込んでみたのです。まぁ折角だしね。


ウラジオストクのあるムラヴィヨフ・アムールスキー半島を南方へドライブ。まず向かったのは、市街と半島の岬まで見えるという展望台ですが……着いたのは、展望台?という単なる盛り土の丘。そして、濃すぎる霧、というかもうこれは雲の中のような。自らが、薄暗いグレーの中に埋没してしまいました。


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車を市街に戻して、次に向かったのはウラジオストク駅。今夜、シベリア鉄道に乗り込む駅です。ですが、その起点駅とは思えないほどの小ささで、待合室も小さく、海外の駅らしく改札も無ければ駅員も見かけません。警察がおり、金属探知ゲートとかもありますが、どうにも稼働しているようには見えず。電光掲示板に書かれた表記時刻は、現時刻と全然違いますが、これは時差の多いロシアの鉄道は時刻表記がモスクワ時間故。知らないと、時計の故障かと思っちゃいます。


ホームに出てみれば、そこは鉄魂のぶつけどころ、珍しい車両を見つけては歓声をあげます。というか、海外の車両はすべて珍しいのですが、日本では見かけないタイプの作業車や、シベリア鉄道9288kmの、モスクワからの距離を示した碑など、見始めれば楽しいものです。


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ウラジオストク駅外観
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モスクワからウラジオストクまで、シベリア鉄道が走ります。


そのまま、隣接した船舶のターミナルへ。客船や貨物船が停泊しています。なんでも、ウラジオストクから韓国の港を経由して、鳥取県境港へ向かう定期フェリーが就航しているらしく、なんでよりによって境港?とも思いますが、時間があるなら船旅でロシアに来るのも楽しそうです。


続いて向かったのは州政府庁舎のある中央広場。赤軍兵士の像なんかがあり、この国のかつてを思わせます。さらにそこからほど近い「潜水艦C−56博物館」へ。ここは、かつて実際に使われた潜水艦が公園に展示され中の見学も出来るところですが、着いたとき、ちょうど海兵さんが潜水艦の前にたむろしており、そのまま列を正して隣のビル、ロシア太平洋艦隊の司令部に吸い込まれていきました。って、こんな分かりやすいところにあるのかい!さすが、軍港の町。


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潜水艦と海兵さん


他にも隣接して、第二次世界大戦の慰霊碑(この街出身の戦死者の名前が刻まれてたりします)、19世紀「大津事件」の後にロシアに戻ったニコライ皇太子を出迎えた凱旋門「ニコライ門」、ウラジオストク125周年記念碑(1860年に町が始まったらしいので、1985年に作られたんでしょうかね)と、そこそこ見るものがあります。


アレキサンダー君の解説でそれらを周り、潜水艦Cー56の中へも入ります。この潜水艦の歴史はもちろん、ロシア(ソビエト)海軍の歴史なんかも書かれているようですが……まぁ、もちろん読めませんので、アレキサンダー君の解説で楽しみます。奥に進むと、司令所や通信室、仮眠室やそれに隣接した魚雷発射管、と、中々に静かな興奮を与えてくれます。ワシは、ミリオタってほどでは無いですが、やはりこういうのを見ると好奇心がはちきれますね。


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潜水艦の中、こんだけのバルブ、どれがどれなんだか……


車に乗って斜面を駆け上がり「鷲の巣展望台」へ。ここも、市街地を一望できる展望台ですが……今回も見えたのは、薄いグレーの靄に包まれた世界。ほんのりと軍艦や、建設中で支柱は300mに至るという金角湾に架かる橋のたもとが見えます。支柱の先端は完全に雲の中。


そしてここには、キリル文字(ロシア語の表記文字)を作ったとされる、正教会の宣教師キュリロスさんの像が飾られてます。まぁ実際の作成者は諸説あるようですが、アレキサンダー君が「キリュウさんです」って言うもんだから、それどこの日本人だよと。


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キリュウさん(左)


他の観光地でも見かけましたが、来たカップルが名前を書いて柵とかにはめてある南京錠があったりします。そしてその下に土産物屋がありまして、今回行った場所の中ではもっとも「ロシア土産」が充実していて、値段もそんなに高くなかったのがここでした。まだ先もあるから、と買う量を遠慮してしまったのですが、結果、この先大したお土産が手に入りませんでした。


車は丘を下り「アルセーニエフ郷土誌博物館」へ。ここはウラジオストクの属する沿海州の自然や歴史が展示されていますが、行った時の特別展がよりによって「Japan Design」。博物館の片隅では、日本プロダクトのあれこれ、新幹線の模型や最新のデザイン家具、マジンガーZまでが飾られていました。


常設展の郷土ものは、この界隈に生きている動物の展示、ロシア極東地域開発の歴史、近代史に出てくるソビエト&ロシアの人物紹介、日本や中国が権利を争ったウラジオストクの変遷、などなど、結構充実してます。もちろん、読めないのでアレキサンダー君の解説で分かるのですが。しかし、今回意外にも自分が近代史・現代史を覚えていたことにビックリして、説明を聞くと「それってこっちとこう結びついてますよね」的な発展が結構ありました。特にロシア史が好きだったわけでも無いんですがね。


時間はすっかり14時近く。半日観光も終了です。昼食を取る場所は決めていたので、そこまでアレキサンダー君に送って貰うことに。行き先は……


ピョンヤンまで!」



北朝鮮と国交があるロシア、ここウラジオストクにも「北朝鮮直営」の朝鮮料理レストランがあります。その店の名が「ピョンヤン」。彼の国の、合法的な外貨獲得手段のひとつだそうです。諸々の歴史的、政治的背景を一旦隅に置いておけば、北朝鮮料理を標榜するこのお店には大変興味津々。


「コロナホテル」というホテルの1階にあるピョンヤンは、一応、それっぽい飾りに囲まれていますが、入口は普通のブラウンのドアで、入るのにちょっと勇気がいります。でも、入ってしまえばそれは普通の店、むしろ綺麗な店。ちょっと英語も通じるふうの、北朝鮮選りすぐり(らしい)ウエイトレスが、常に笑顔で給仕してくれます。


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入口


何分、ロシア人は店でもどこでもたいていムスッとした顔なので、ロシアに来てからは「笑顔」に飢えていた我々。このお店のお姉ちゃんたちをみて、「ああ、愛嬌って大事だなぁ」と、心の底から癒された気分です。


料理の方は、北朝鮮料理というか、概ね韓国料理の同類ですが、一部、地続きである中国の料理もチラホラ。コリアらしく、まずはツマミ代わりにいっぱいの小皿が出てきて、ここでも「もてなしの心って大事だなぁ」と首肯します。キムチや焼肉、冷麺といった定番から、餃子や春雨サラダ等々、さらにワシはコリアのビールも頼みます。


味の方は……おお、美味い!食べ慣れた味というのもあるかもですが、全般的に美味い。入るまでの緊張感はどこへやら、色とりどりバラエティ豊かな食卓に、すっかり満足しました。途中、お手洗いに中座したら、店員のお姉さんがCDにあわせて歌っていて、さっきから聞こえてた声、CDにしては生々しいな、と思っていましたが、生歌だったとは。しかも、結構上手いんです。


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焼肉
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冷麺


なんだかんだ、料理にホスピタリティに満足して、さて中心街に戻ろうとしますが、問題は交通手段。もうガイドの車はありませんので、タクシーかと思いますが、タクシーはメーター制では無く事前交渉で値段を決めるとかで、そんなのロシア語で出来る気がしない我々は、それはそれでハードルが高そうなバスでの移動を決意。


ラッキーだったのは、駅方面に向かうバスが全て駅前を通りそうで、その点で「乗り間違う」ことはないだろうという点。来たバスに乗り込み、料金支払いも戸惑いながら終え(降車時に、一律料金の15ルーブル@1名を運転手に渡す。釣銭化)、駅前の郵便局に入っていきます。ワシ以外の3人は、旅先から自宅や友達に絵はがきを送る習慣があるとのことで、絵はがき&切手を買って国際郵便で出す、というミッションに果敢に挑んでいました。


さて、(さっき昼飯食ったばかりだけど)夕食までの間は町散歩でもしようと、再び中央広場から、スベトランスカヤ通りを歩き、老舗というグム百貨店を冷やかし、続いてアドミラーラ・フォーキナー通りを歩きます。パッと見、シックな色合いの質実剛健と言えそうな街並みですが、つい朝ほどの、廃墟のような高層ビルの建て方を見ているとちょっと不安になります。


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街並み、グレーの空に渋色の建物
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色とりどりの、これはキャンディっぽいもの。他にも、パンや果物があります。


途中、露店が立ち並んでいる広場を見かけ、フラフラとそっちの方へ、そのまま、若い人たちが行くところに付いて行こうとして付いたのが、クローバー・ハウスというこれまた百貨店。規模は全然違いますが、先のグム百貨店が三越だとしたら、クローバー・ハウスはイトーヨーカドーでしょうか。どうにも高級品&価格の結構した前者に比べると、後者はそこそこ雑然としつつ価格も安めで、ワシみたいな庶民にはちょうど良い塩梅。


結局は何も買わずに冷やかして、そろそろ歩き疲れたね、と、先ほど見かけたカフェスタンドへ。ビルの前に鎮座していたそのカフェのモニュメントが、近づいたら急に動き出して、中に人がいたことが分かり興味を惹かれたのです。ある意味、PRに成功しているな。「Pirates Cafe」というお店そのものは小さなスタバみたいなもので、一休み。再び歩き始めて通りを散歩しながら、駅前のスーパーを物色して、よし、後ほど鉄道に乗る前に買いに来よう、晩飯どころへ。


昨夜行きそびれた「ノスタルジア」という、町一番のロシア料理屋と紹介されているところに行きます。昨夜のお店とは打って変わって、えんじ色のシックな内装に静かな店内。他のお客さんもいないので貸切状態です。相変わらずなんとか店員さんと意思疎通をして注文。とはいえ、ナニゲに昼飯が遅くて大量だったので、ビーフストロガノフ他代表的な料理を数点頼んだのみ。


料理のお味の方は、悪くは無い、むしろそれなりに美味しい方ではあるんですが、どうにも昨夜の料理のインパクトが強すぎて、霞んでしまった印象。昨夜の店は、賑やかすぎるきらいはありますが、雰囲気、料理などなど、総合的に大変満足だったんだなぁ、と。



ホテルに戻って預けていた荷物をピックアップ。駅まで送迎してくれるアレキサンダー君を待ちます。てまぁ、駅までは歩いても坂降りて5分なんですけどね。駅まで着いたら再び駅前のスーパーに入り、車中で飲み食いする酒にツマミ、翌朝の朝食、お土産、メンバーのひとりが翌日誕生日なのでケーキ、と、先ほど目をつけていたものを買い込んでたらアレキサンダー君が「急いでください!」と呼びに来ちゃいました。


ところで、こちらのスーパーは店内を常に警察が数人巡回していて、最初、ウチらメンバーが写真を撮ろうとしたら注意されて、その後はマンツーマンマークをされてた感(被害妄想)。ロシアは、写真の撮影にいろいろうるさいとは聞いてましたが、NGかもと聞かされていた空港や駅が特に問題無く、街中や店内とかでは注意されることがありました。アレキサンダー君によればこの辺も人に寄るらしく、やはりソ連時代を知る年配者は注意してくることが多いとか。閑話休題。


駅に入り、既にホームに到着しているシベリア鉄道「オケアン号」に乗り込みます。この列車はウラジオストクハバロフスクを結ぶ、シベリア鉄道の中では短距離の列車。時間は21時を回っていますがまだまだ明るい。シベリア鉄道は、1車両に1人車掌、それもたいがい女性車掌が着いていて、自分の乗る車両でチケットチェックを受けて乗車します。外装もそうでしたが、内装も意外に綺麗で、いろいろ汚いのではないかと聞いていたからある意味拍子抜け。


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駅前にはレーニン像
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車両と車掌さん。車体にはイルカが描かれています。


二段ベッドが向かい合っている、日本のブルートレインで言うならB寝台に部屋のドアが着いたような4人用コンパートメントに落ち着き、アレキサンダー君とはここでお別れ。写真を一緒に撮って貰ってお別れの握手。短い間でしたし、積極的な交流があったワケでは無いですが、まだまだ拙い日本語でいろいろ気を回してくれて世話を焼いてくれた彼に感謝です。でも彼も、なんか薄いグレーの人物だったなぁ、と、それはグレーの髪の毛をしていたからというベタな理由なのか、この街の雰囲気がそうさせているのか。


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コンパートメント


21時20分。駅のホームの時計は2時(14時)20分のモスクワ時間を指していますが、発車ベルもなく、シベリア鉄道は静かにウラジオストク駅を滑り出します。ハバロフスクまでの800km、いよいよ一泊二日のシベリア鉄道乗車がスタートです!


……って言っても、翌朝8時半には着くので、ほとんど寝るだけだけどね。


(続く)