コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

トキが羽ばたきを止める時

昭和三十八年創業、江古田で一番古い喫茶店。


という、店のショーウインドウに飾られた文句は、学生時代、江古田に来始めていたころから目を引いていました。


「トキ」という名のその店は、外観は古めかしく、内装はさらに古めかしい、ソファのスプリングなんかも多少不安定な、ある意味でステレオタイプな「古い喫茶店」


珈琲好きのワシは、好きな珈琲の味を出してくれる店を既に見つけていたので、学生時代から珈琲を目的にトキに来ることはありませんでしたが、何よりこの店は、安くて大量のご飯が食べられるので、お金が無いけどお腹いっぱいに食べたい時なんかに、友人と連れだって来ていました。


そして、なぜかこの店のお約束としてワシの脳裏に焼きついているのは、食べた後にお腹を壊す。いや、もちろん食中毒とかではないんです、だったら大問題になってますから。食べ過ぎか、色々出てくる食い合わせが人によって相性が悪いのか。


ワシは病院送りになったことは無いのですが、友人は何度か、食って大学に戻った後に近くの病院のお世話になっていまして、その病院名(練馬総合病院)を取って「ねりそう送り」なんて揶揄していたものです。


まぁ、不謹慎と言われるかもしれませんが、学生時代の、キラキラ輝く小さいガラスの破片のような思い出なんてのは、こんなことの積み重ね。実際なんだかんだ言って、トキには1~2ヶ月に一回くらいは行っていたと思いますし、それだけこの店の思い出も、江古田の他の店と同様にあるのです。


そのトキが、間もなく閉店する、という話題がtwitterを駆け巡ったのはGWに入る直前、ワシはちょうど、超会議なるイベントの準備日で幕張メッセにむかう途中のこと。ワシの出自である日芸の友人知人はもちろん、出身有名人のRTまで拡散されていて、他にも江古田に所縁のある人たちが信じられない面持ちで情報を回しています。


情報を総合すると、なんでもお店の大女将とでもいうべきおばあさんが結構な高齢で、その介護なんかもあってこの機会に、5月半ばでお店を閉めることにした、ということ。お仕事的にはバタバタしてはおりますが、折角今は江古田に部屋を借りているのですから、イベント終わりにでも行ってみようと決意です。


そしてイベントが終わって江古田に帰ってきてみれば、これまたtwitter情報ですが、連日引きも切らない満員状態だそうです。みんな、反応が早い!そしてそれだけ多くの人の心に思い出として残っている店なのでしょう。


ワシも、イベント明けの休みであることを利用してランチにと行ってみますが、一度は定休日で振られ、もう一度はいつもなら開いている時間に行ってみたものの閉まっていて、どうやら閉店情報が流れてからは営業時間も短縮している模様。夕方以降は江古田にいない状態だったので、結局往訪は適わないまま数日が過ぎ、このまま行けないかな、と半分諦めてもいました。


そして昨日も、出かける前に店の前を通ったところ、シャッターは開いていたのですがまだ「CLOSE」の文字。何人かは既に並んでいて、間もなく開くんだろうな、と思わせますが、時間も読めないし用事もあるして、別のお店でランチをして駅前に戻ってみれば、ちょうど開店したところか、「OPEN」の文字と見える空席。


勢いで入っちゃいましたね。


そして、ナポリタン頼んじゃいましたね。つい今、ランチ食ったばかりなのにね。


実際、ワシが入ってさらに5分くらいで数組入ってきた後は、もう行列。それも、長くなるばかり。こんなのワシの知っているトキじゃない!と思いますが、名残を惜しむ人の多さに驚きます。まぁこれが、50年を超える店の歴史というものでしょうか。


そしてやってきたナポリタン。なんとなく、トキの定番と言えばこれかな、と思って頼んで見ましたが、よく考えたらワシが学生のころに頼んでたワシ的この店の定番は「みそかつ定食」でした。や、珈琲についてが既に申し上げましたが、料理も正直、ものすごい美味しいワケじゃなくて、いわゆる昔ながらの喫茶店の味。そんな中で、みそかつ定食は、(当時のワシにとって)異彩を放つ美味しさだったのです。


「大盛りにしておきました!」という、これまた名物と言えるフロアのおかみさんの声。既に一食食っている身には、御礼の笑顔もつい引きつってしまいましたが、この、謎の過剰なサービスもトキならでは。過剰に丁寧なキャラクターで過剰なサービスをしてくれるのが、このお店の味のひとつです。


この多客を、いつもどおりひとりでフロアでこなすおかみさんは、絶えない客足に動きっぱなしで、まるで回転箱の中のハムスターを思わせるちょこまかさです。そんな中、どうやら顔見知りさんにはサービスでアイスを振る舞っては、ご愛顧のお礼を伝えている模様。(少なくとも全員では無かったようでした)


相変わらずの過剰なサービスですが、まぁ店を閉める直前だしねぇ、と思ってナポリタンをたいらげて、さて行列もあるしさっさと会計しようかな、と立ち上がりかけたワシの元にもアイスが届けられ、「長年ありがとうございました」の一言。


えぇ!?


と素で驚いてしまいました。そりゃ、学生時代は月一くらいは来てましたけど、それも13年以上前のお話。江古田に部屋を借りてからの一年では、一度しか来ていません。それなのに、まさか顔を覚えられていたのかしら?


いや、もしかしたら少しでも知っていそうな顔なら振る舞っていたのかもしれません。でも真相はどうあれ、最後の最後に、お店との暖かい思い出が出来ました。


でも、もう一回くらい、行けると良いな、今度はみそかつ定食を食べに。