観るよりスマホ
東京都現代美術館で、現在(今週末まで)開催中の企画展三展をはしごしたので感想。
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その1「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」。
とりあえず身もふたもないこと言うけど、光系のアートは映えるな!どの部屋に入ってもみんなまずやることは「観る」より先に「スマホを構える」。
や、アートの鑑賞なんて人それぞれ好きなモチベーションですればいいし、作者の手から放たれた後は鑑賞者の自由だとはワシも思う。でも、どうしても作者のコンセプトや想いよりも、この場で撮影されてSNSに上がって消費されているのでは、と感じてしまった。本展が、今の三展の中で唯一入場に時間が掛かるのも、然もありなん。
まぁ、ワシも他人の事は言えないけどね。
正直ワシも、作者の込めた意図よりも見た目のインパクトに翻弄された。どのように作ってるのかな、という仕掛けも含めて。できればその先にまで意識を持っていきたかったが、それはそれで難しかったのも事実。
ただ、そういった小難しいことを抜きに考えたら、見ていて心地よい作品群だったのも確かで。その点で、作品について思考する時間と、鑑賞者の心に溝を刻むことは出来ているので、いい作品だな、と素直に思う。
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その2「カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展 もつれるものたち」
これは、難しかった!先のエリアソン氏の作品が直感的に味わえるのに比べると、こちらはコンテクストありきで臨まないと腑に落ちないものが多く、頭でっかちなワシは解説シート首っ引きで鑑賞。
そんな中、磯辺行久氏の、赴いた場所の地図に感じたものを描いた作品は、ずっと気になり続けている「地図を用いた表現」の新しい形を見させてもらった感で、個人的にはお気に入り。まぁこれも、個人的なコンテクストありきではあるのだけど。
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その3「おさなごころを、きみに」。
こちらもそこそこ話題で、そこそこの混雑。実は今回一番事前の期待値が高かった展示なのだけど、ちょっと期待値を上げすぎてたかも。
というとネガティブに聞こえるかもしれないけどそんなことはなく、ただ、思ったほど直感的ではなかったな、と。
や、勝手な思い込みだとは思うけど、やはり「おさなごころ」と言われると、より感覚的なものを想像するじゃないですか。で、実際そういう展示なのだけど、その背景が思った以上にややこしくて(ワシにはそう感じられて)、結果、思ったほどおさなごこらなかった(変な日本語)。
でもま、大好きなのら文字がたくさん見られたことと、1980年代に作られた二言絶句集の中に「令和」の文字があったってくだりは好き。
ついでに、新しい名前を作ってくれるプログラムでは、【川西 ダイアナ 奈々美】とゴテゴテの名付けをされたので良き。
あと、最後の、気象衛星の表現に関するくだりと、「1家に一枚 宇宙図2020」も良かった。宇宙図は本当に家に貼りたかったけど、売ってなくて残念。ワシが子供の頃、好きで雑学として学んだ天文学とは、また大きく宇宙の姿は変わっているんだろうな。