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コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

デザイン解体新書

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過日、「デザインの解剖展」を見にミッドタウンへ。「きのこの山」など明治の食品を取り上げて、そのプロダクトデザインを解剖してましたが。

 

すげぇ。

 

一応ワシも、一時期はデザインを生業としてたり、会社勤めしてからはCMやポスターとか宣材を手がけたりしてるので、(狭義広義問わず)デザインというものが如何に考えられているものかは分かっているつもりでしたけど、ちょっとこれは、想像の範囲を超えてました。

 

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ロゴやパッケージデザインといった分かりやすいところに、コンセプトがあり色味やバランスが考えられレイアウトし、なんてのは当たり前の話。例えば、法令で義務付けられた表記が、必要性とスペースの都合と視認性とを踏まえて如何に記載されているか。

 

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さらに商品は解剖され、味や成分、原材料と言ったレイヤーにまで分解されていく。それらは一見デザインでは無いようだが、なるほどその根っこがあっての、さらに言うならその商品の歴史(例えばチョコレートやヨーグルトの歴史)があってのパッケージなんだ、と気づかされます。

 

まさに、デザインの、解体新書。

 

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すごい雑に言いますけど、デザインには足し算のデザインと引き算のデザインがあると思っていて、この展示は両者の真髄を味わえる気がします。と同時に、デザインというものが如何に日常に入り込んでいて、我々が何気なく接しているものが考え尽くされているかを実感。デザインすげぇ。

 

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友人で、パッケージデザインとその印刷を手掛けている人がいて、彼にその辺の突っ込んだ話を聞いたことはありませんでしたが、今度飲むことがあれば詳しく聞いてみたいところです。

 

土曜日に行ったせいか、入場制限はされてるし、大きくは無い会場ながら密度は高く、しっかり見ようとしたら3時間くらいは掛けたいほど。時間なくて後半駆け足だったので、もう一度行きたいくらいの展示でした。

RENT 20周年東京公演観劇記(初日)

つかれた。


というのが、12月15日の夜、ミュージカル「RENT」を見終えての率直な感想。この作品、とにかく感情が揺さぶられるので、観劇後はとんでもない疲労感に包まれます。それは同時に、スポーツの後のようなすっきりとした満足感も携えているのです。

 

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知らない人も多いかもですけど、この作品は1990年前後のニューヨークが舞台。イーストヴィレッジに集うボヘミアン、アーティストやマイノリティたちが主人公。クリスマスイブに「RENT(家賃)を払えるものか!」と高らかに歌い上げるある種の開き直りから幕が上がります。

 

そして伝説たらしめている理由の大きなひとつは、この作品の創り手、脚本を書き音楽を全て創ったジョナサン・ラーソンが、オフブロードウェイでのプレビュー公演初日の未明に命を喪ったことにあるかと思います。2ヶ月後にはオフからブロードウェイに昇格し、その後12年のロングラン。今回のように今も世界中で公演されています。

 

民族、性、貧困、そしてエイズ。様々な社会問題で身をやつした若者たちの群像劇が見事だけど、やはり本作の最大の魅力は、エンジェルという稀有なキャラクターを産み出したことにあるのではないかと個人的には思っています。

 

そして音楽。通常のミュージカルの倍以上あるらしいその数々が本当に素晴らしい。不満、焦燥、葛藤、歓喜、愛情、友情、出会いと別れ、そして死が音楽で浮かび上がります。「Today 4 U,tomorrow for me.」や「No day,but today」などの印象的なフレーズも心に残ります。

 

ワシが言うのも笑止ですけど、RENTを観ると人を愛したくなるし、愛する人の死を思って胸が潰れます。出会いの奇跡を信じたくなるし、形はともかくいつか来る別れの辛さを追体験します。その上で、生きてていい、と肯定され、右に左に激しく心が揺さぶられだ結果、疲労し満ち足りるのでしょう。

 

 

一昨日は、東京公演の初日初演ということもあるし、小屋が広すぎたこともあるかもしれませんが、舞台の迫力としては7年前に赤坂で見た公演にまだ届いてない気がしたのは残念でしたけど、それでもこれだけ心満たされたので、クリスマス時期、もしご興味の方は是非に。

 

http://rent2016.jp/

 

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吉良さんの幻燈

ZABADAK吉良知彦さんが亡くなった、という報がありました。

 

重要なお知らせ | Information | ZABADAK OFFICIAL SITE

 

56歳。若すぎる。個人的には、父親の享年と一緒というのも少し心に渦を残します。驚きと哀しみの中、昨夜から音楽を流し続け、寝ている間も聞き続け、今も部屋にメロディが流れています。

 

ワシは、音楽はそんなに詳しくはないし、趣味としてもそんなに広く鑑賞していないのですが、そんな中で数少ないずっと追っているバンドがZABADAKでした。

 

と。ZABADAK、と言っても結構マイナーなバンドだよなぁ、と思っていたのですが、昨夜からずっとtwitterのトレンドに入っていて、また取り上げた記事のtweet数も多く、存外、多くの人に愛されていたんだな、というのがまた驚き。でも、それだけ多くの人が吉良さんの死を悼んでいるのがまた哀しくもあり。

 

ZABADAKを知ったのは高校生の頃。友達から、ワシの好きそうな音楽があるよ、とCDを借りたら即ハマり、その時出ていたCDを買い漁りました。「のれん分け」の直後くらいで、既に上野洋子さんは脱退していましたが、その透明感のある歌声と、他にはないオンリーワンの音楽の世界観に没入したものです。

 

大学時代はライブも何回か行き、音楽が使われたプラネタリウムのプログラムに行き、キャラメルボックスの芝居を見に行っては耳にして。社会人になって後は、ライブからは足が遠のいてはいましたが、昨年、友達に誘われて十数年ぶりのライブに訪問。しかも、吉良さんの高校の同級生の方々と一緒だったので、終演後にご挨拶をさせていただくという僥倖に浴しました。

 

今にして思えば、吉良さんと直接お話しした最初で最後になってしまった。

 

そのメロディと、歌詞の持つ世界と、それに伴う思い出は語り出せばキリがありません。宮崎県は椎葉村の民謡「椎葉の春節」をアレンジした曲があって、それ以来ワシは椎葉村を気になり、日本最後の焼き畑農業をやっているとか豆知識が溜まり、いつか旅で行きたいと焦がれているのもそのひとつ。

 

でも、昨夜から聞いていて、実は一番思い出深いのは、ZABADAKではなく吉良知彦名義で出ていた「賢治の幻燈」かな、と思いました。

 

これは、宮沢賢治生誕100周年を記念して作られたアルバムで、賢治作品をモチーフにした楽曲、朗読などがまとまっています。これも大学のころに出ていたはずですが、それまで実はそんなに宮沢賢治を嗜んでいなかったワシが、すっかり賢治作品にハマったキッカケです(いまだに、詩はよく分からないけど)。

 

特に一曲目の「Prologue」は、短編集「注文の多い料理店」の序文がモノローグとして入っていて、あまりに聞きすぎていまでも暗誦できるほど。またここで賢治にハマっていた結果、大好きな漫画である「プラネテス」でも賢治が多用されていたので、その物語の理解に一役買いましたし、岩手を旅すれば賢治の施設にわざわざ立ち寄るように。

 

吉良さんの世界観のみならず、それが宮沢賢治と融合したことで、より広い世界を拓いてくれた作品だな、と思います。

 

なんともとりとめなくなりましたが。哀しみを覚えつつも、吉良さんの作品に、その幻燈に触れられたことを幸せと思い、彼の遺した音楽をこれからも聴いていきたいと思います。

雅を楽しむ

招待券をいただきまして、何年かぶりに宮内庁式部職楽部・雅楽演奏会を拝見。

 

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<会場外観>

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<会場。巨大な太鼓の装飾が美しい>

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天皇陛下がいらっしゃる時は、ここから鑑賞されるっぽい。>

 

ワシは、一応神主心得見習のくせに、雅楽に明るくはなく雑学以上の知識もないのですが、雅楽の調べを聞いていると、やはり自分は日本人だなぁ、という気持ち、あるいは思い込みに浸ります。育ってきた文化的背景に基づくアイデンティティ確認作業のひとつだと思いますが、まぁその心理は別途掘り下げたいとして、演目のこと。

 

今回の演目は分かりやすかった!音を聞いて、舞を見て、世界観や物語の想像がしやすかった、という意味です。まぁ解説書きがあるから脳内保管されているところもありますが。

 

管弦(演奏のみで構成)でやったのは、「双調音取(そうちょうのねとり)」「柳花苑(りゅうかえん)」「胡飲酒破(こんじゅのは)」。

 

「双調音取」は、音合わせっぽさもありますが、これから始まる世界観を作り出す効果を持っています。「柳花苑」「胡飲酒破」ともに、なんか春っぽい明るさを持っていて、芽吹きとか、暖かい陽気の中での酩酊とか、雅やかなゆったりとした音楽の中に感じる「勢い」が面白いです。

 

舞楽(演奏と舞)でやったのは、「喜春楽破(きしゅんらくのは)」「還城楽(げんじょうらく)」。

 

「喜春楽破」は4人で舞いますが、その所作に見惚れました。ユニゾンの美しさとかそういうことではなくて、何か、風に揺れる柳の枝を見た時のような、つい目で追ってしまう動き。「還城楽」はかなりきっちりとした物語があって、舞楽にしては珍しく、ラジオ体操かと思うくらいテキパキ動くのが面白いです。

 

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<パンフに書かれた「還城楽」のイラスト。面を被り、左手には金色の蛇を持っている。>

 

どちらも、舞の中に物語があり、振付に意味を感じます。案外この舞楽(管弦でも)、小説のネタを考える時のインスピレーションをもたらすかもなー、とか感じました。

 

ちなみにこの会場、皇居内東御苑にありますが、天井から採光されてて、外をイメージしているらしいのです。だから、舞台周りで椅子の置かれている場所の足下は白石の砂利。こういう見立てがあるのも、なんか和っぽさを感じますね。

 

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夢の中へ

こりゃ厨二や、厨二魂の実現や。


と嘘関西弁から始めてしまいましたが、振休を使って文化的な最低限度の生活を志す会(即興)で「FLOWERS BY NAKED」へ。
 
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いやー、何この魂の厨二心をくすぐる空間演出。スチームパンクとモダンファンタジーとウィリアム・モリス的デザインを足して8を掛けたような空間。安心してください、適当です。阿智村のスターカフェに行った時もそうでしたが、かつて夢見た未来や幻想を、映像を媒介に実現している、そんな感じ。本田宗一郎鉄腕アトムを見てASIMOを開発させた、というエピソードを思い出します。
 
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入口すぐのアテンションが本をイメージした演出で、本好きとしてはこの時点で持って行かれます。それ以降も、視覚、嗅覚、触覚に訴えかけつつ、インタラクティブ性もある仕掛けが次々に出てきて飽きることがありません。根元に戻って映像の見せ方に特化しても、様々な工夫が凝らされ、エンタメ屋としても興味深いものばかり。
 
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そして、世界観そのもの。きっとここには様々な設定があるんでしょうが、キーワードや造作はありつつ、余計な説明はありません。そう、コンテンツを享受する側はそんなことを知らなくても楽しめるし、知ったらもっと楽しめるんだろうな、と思うのです。デザインとかと同じですよね。
 
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やー、面白かったし、勉強になりました。
 
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余談ですが。最近の(ってワケでもないか)NAKEDさんのイベントを見てると、ブランディングの徹底がすごいなと思います。イベント名に社名を入れるのもそうだし、今日の会場入口にも代表の方の巨大懸垂幕があって、感心してしまうし今後の方向性も気になるところです。

人付き合いのはなし

この3連休の話。


一昨日は大学の後輩と遊んで飲んで、昨日は会社の同僚とイベント行って飲んで、今日は神社の友達と飲んだ後に高校の友人&先輩と飲んで。図らずもこの3連休で、まんべんなく(という言い方は失礼だけど)いろんな繋がりの人と会えて、振り返れば人付き合いの多彩さが嬉しく面白くなってしまいました。


そこで、ふと思ったこと。


ワシは、同年代の友人との交流ももちろん楽しいけど、すごく年上の人や、すごい年下の人との交流も多くて、それもすごく楽しいのです。さらに言うと、歳の離れた人との交流は、とても勉強になるな、と思っています。


まず、年上の人からはワシの知らないことを学べます。そして年下の人からも、知らないことを学べるのははもちろん、ワシは知っていることにその人が初めて触れる瞬間に立ち会えた時に、その人が心震わされていたりすると、自分が初めてそれに接した時の心を思い出せるのですよね。


些末な例ではありますが。オーセンティックなバーなんてのは、ワシも大学時代に先輩に連れてってもらって酒の飲み方を覚えましたが、今自分が若い人を連れていって、緊張してたり雰囲気を知ろうとしていたりするのを見ると、初めての時の自分のことを思い出せる気がします。


この、いろんな物事の初めての感動を忘れないことは大事だと思っておりまして。例えば物語を作る時。それが仕事であれば、自分のした感動を伝えるにはどうするか、ってふうに考えたりします。でも自分のした感動を忘れている、感動したことすら忘れていることは間々あるわけです。


それを思い出せる機会は大切にしたい。


なーんて言うと、人間関係を利用しているように捉えられるかもしれませんが、そうじゃなくて、影響しあえるってことなのかなー、と思うのです。というかワシ的には「利用」って言葉でも構わないと思っておりまして、お互いの得意なものや無意識に発しているものを、お互いに吸収できると、すごく楽しく生きていけると感じております。


たいがいどんな人でもよーく見れば、自分が勝てないものがひとつ以上見つかる。そうすると、もう誰かを馬鹿にする気なんかなくなるし、影響しあえる感あるなー、なんて。

きょねんのはなし

※年末にポストしろよ、って感じですが(実際FBでは年末にポストしてましたが)。


「ニクさん、年にどれくらい旅してるんですか?」と、こないだ会社の後輩に聞かれたので「15回くらいじゃない?」とテキトーに答えたのですが、「月に1回以上じゃないですか、行きすぎ!」と罵られてしまったので、ちゃんと数えてみました。


1月
サイパン

2月
・神戸や有馬温泉界隈(ライブ)
・札幌(出張)
・山形(後輩の神社に遊びに)

3月
・京都、奈良、信楽(独り旅)
・佐倉、木更津(独り旅)

5月
北米大陸ぼっち横断(独り旅)
三浦半島(ゼミラリー)

6月
・1日で日本横断(根室から与那国島
・大阪(味園ビル訪問)

7月
・岩手周遊(遠野、花巻、龍泉洞
・札幌(出張)

8月
・新潟(大地の芸術祭

9月
三宅島
・金沢、白川郷(誕生日)

10月
・中津川、馬籠塾、阿智村、下栗の里(星を見る旅)
・天草半島、五島列島対馬(九州離島旅)
榛名山界隈、伊香保温泉(紅葉狩り

12月
・伊勢と九州(←どうしてそうなった)


……わー、19回だよ。出張抜いても17回だよ。15回じゃ足らなかったよ。そして独り旅好きなのに独り旅比率低すぎだよ。


どこまでを旅に入れるかってのも微妙なもので、展示やらを見に行くのが目的だったりするものは抜いていて(木更津は入れたけど護衛艦いずもを見に行った横須賀は外したり)、それでもこれだけ行っているのは自分でも驚きました。そりゃ、これで日々飲食にも励んでいるわけですから、金欠にもなりますよね。。。


久々の&新年最初の日記こんな雑さで恐縮ですが、謹賀新年、今年もよろしくお願いいたします、と、とってつけたようなご挨拶。