コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

星合

昨日土曜日は、innerchildなる劇団の舞台「星合(ほしあい)」を見に、三軒茶屋はシアタートラムに行ってまいりました。って、最近観劇の話題だとだいたいここかもう一つの劇団しか出てきませんが、それだけ観劇してないってことなんだよねぇ……よろしくない傾向。
http://www.innerchild-web.com/


今回もキッカケは後輩が出演していたからですが、そうは言っても中堅劇団では好きなところですから、今回も楽しみに行ってまいりました。で、感想をつらつら書こうと思いまして、見てない人にはさっぱりなので読み飛ばし推奨ですが、今回はネタバレマックスで書きたかったので一応公演終了まで待ってみての記述。



全体のおおまかな感想としては「らしくない」。innerchildの舞台を、たぶん7〜8個くらいはみているワシですが、これまでは違う作品といえども、innerchildらしさ、ってものがあった気がしています。作品自体は当然被らないのですが、らしさは被っているな、と。


毎回毎回難解なテーマ、それも心理学的なテーマを題材に、歴史や時間、民族や風俗、そういったものを織り込んでエンターテイメント化するのがこの劇団の特徴だと思っていて、それはある程度今回も保たれていたのですが、なにか、違うものを感じた。それは言葉では説明づらいのですが。。。


で、これは表面的には良いことだとは思うんですよ。新しい物語の作り方への挑戦、という意味で捉えることはできますし、それによって離れる人も出るかもしれないけど、その新しさに魅せられる人もいるかもしれない。こればっかりは観劇者の心次第ですから、その姿勢は良いのかな、と。


ただ、ワシの感じた「らしくなさ」は、ちょっと突き詰めて考えてみると、今回はこれまでのような「作り込み感」が無かったな、という方、ものすごく悪い言い方をすると「手抜き」に見えてしまった部分が多かったこと。


その最たるはストーリーテリング。広げっぱなしの物語、集束しない伏線、必然性を感じない登場人物(とその数)、無理のある展開、と、いわゆる物語をダメにする要素がそれぞれホンの少しずつ混じっていて、それらが全体としてお話しをグダグダにしてしまっているな、という感。


で、それが起点になってしまっているんですが、演出とその効果も普段ほど効果的に感じずで……。喩えは悪いかも知れませんが、一つの重大事故の裏には小さな幾つもの原因があって、それらが不幸にも全て重なり合ったときに重大事故が起きる、という考え方があったと思いますが、そんな感じなんですよね。


敷衍してみれば、たぶんお話しはそこそこまとまっていたしそれなりに盛り上がりもあったし良くできていたと思うんです。ただ、それらがどれも「そこそこ」「それなり」に収まっていて、その裏には細かい残念な部分が散見された。この劇団が作り上げる舞台がたいがい素晴らしいからこそ、これは残念でなりません。


具体的に言えば、例えば有人ロケットの発射シーン。結果的に失敗するわけですが、その理由付けが浅すぎる。確かに実際の事故だってあんな些細な原因だったりしますけど、それにしてもあれはないな、と。まぁそのロケットに乗る登場人物名が「鬼塚」って時点で死亡フラグですけどね。(不謹慎と言えば不謹慎ですが、まぁそのくらいの不謹慎はワシも山ほどやっているので)


そして、その前後での登場人物たちの心理変化も唐突すぎる。いや、伝えたい意味は分かるんですけど、そこに至るまでの描写が浅くて唐突感を感じる。これまで、そういうところは深掘りをしていただけに、残念に見えてしまいます。


今回のテーマは「宇宙」でしたが、その素材として扱われていたのが「ロケット発射」と「神主(神社)」。前者は先日実際を見てきたばっかりですし、後者は一応自分がそうである(心得見習ですが)というので、ツッコミどころが目に付いた、というのも原因かも知れません。


役者さんも、今回は結構個々人のレベルの違いが浮かび上がっちゃってたなぁ、という感。キャラメルボックスの大内厚雄さんだけは別格な程の存在感と演技でしたが、他は良い方もいればイマイチな方もいて、これも演出の方で役付けがしきれなかったのだろうかとか、人数の多さが弊害になっているのだろうかとか、いろいろ想像しちゃいました。


まぁ、総じて裏返せば「(ワシの好きな)innerchild」が、「(ワシの好きな)宇宙ものをやる」ってことで、自分の期待値が高かった故かもしれませんが、今回はちょっと残念な感想となりました。