コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

吉良さんの幻燈

ZABADAK吉良知彦さんが亡くなった、という報がありました。

 

重要なお知らせ | Information | ZABADAK OFFICIAL SITE

 

56歳。若すぎる。個人的には、父親の享年と一緒というのも少し心に渦を残します。驚きと哀しみの中、昨夜から音楽を流し続け、寝ている間も聞き続け、今も部屋にメロディが流れています。

 

ワシは、音楽はそんなに詳しくはないし、趣味としてもそんなに広く鑑賞していないのですが、そんな中で数少ないずっと追っているバンドがZABADAKでした。

 

と。ZABADAK、と言っても結構マイナーなバンドだよなぁ、と思っていたのですが、昨夜からずっとtwitterのトレンドに入っていて、また取り上げた記事のtweet数も多く、存外、多くの人に愛されていたんだな、というのがまた驚き。でも、それだけ多くの人が吉良さんの死を悼んでいるのがまた哀しくもあり。

 

ZABADAKを知ったのは高校生の頃。友達から、ワシの好きそうな音楽があるよ、とCDを借りたら即ハマり、その時出ていたCDを買い漁りました。「のれん分け」の直後くらいで、既に上野洋子さんは脱退していましたが、その透明感のある歌声と、他にはないオンリーワンの音楽の世界観に没入したものです。

 

大学時代はライブも何回か行き、音楽が使われたプラネタリウムのプログラムに行き、キャラメルボックスの芝居を見に行っては耳にして。社会人になって後は、ライブからは足が遠のいてはいましたが、昨年、友達に誘われて十数年ぶりのライブに訪問。しかも、吉良さんの高校の同級生の方々と一緒だったので、終演後にご挨拶をさせていただくという僥倖に浴しました。

 

今にして思えば、吉良さんと直接お話しした最初で最後になってしまった。

 

そのメロディと、歌詞の持つ世界と、それに伴う思い出は語り出せばキリがありません。宮崎県は椎葉村の民謡「椎葉の春節」をアレンジした曲があって、それ以来ワシは椎葉村を気になり、日本最後の焼き畑農業をやっているとか豆知識が溜まり、いつか旅で行きたいと焦がれているのもそのひとつ。

 

でも、昨夜から聞いていて、実は一番思い出深いのは、ZABADAKではなく吉良知彦名義で出ていた「賢治の幻燈」かな、と思いました。

 

これは、宮沢賢治生誕100周年を記念して作られたアルバムで、賢治作品をモチーフにした楽曲、朗読などがまとまっています。これも大学のころに出ていたはずですが、それまで実はそんなに宮沢賢治を嗜んでいなかったワシが、すっかり賢治作品にハマったキッカケです(いまだに、詩はよく分からないけど)。

 

特に一曲目の「Prologue」は、短編集「注文の多い料理店」の序文がモノローグとして入っていて、あまりに聞きすぎていまでも暗誦できるほど。またここで賢治にハマっていた結果、大好きな漫画である「プラネテス」でも賢治が多用されていたので、その物語の理解に一役買いましたし、岩手を旅すれば賢治の施設にわざわざ立ち寄るように。

 

吉良さんの世界観のみならず、それが宮沢賢治と融合したことで、より広い世界を拓いてくれた作品だな、と思います。

 

なんともとりとめなくなりましたが。哀しみを覚えつつも、吉良さんの作品に、その幻燈に触れられたことを幸せと思い、彼の遺した音楽をこれからも聴いていきたいと思います。

雅を楽しむ

招待券をいただきまして、何年かぶりに宮内庁式部職楽部・雅楽演奏会を拝見。

 

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<会場外観>

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<会場。巨大な太鼓の装飾が美しい>

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天皇陛下がいらっしゃる時は、ここから鑑賞されるっぽい。>

 

ワシは、一応神主心得見習のくせに、雅楽に明るくはなく雑学以上の知識もないのですが、雅楽の調べを聞いていると、やはり自分は日本人だなぁ、という気持ち、あるいは思い込みに浸ります。育ってきた文化的背景に基づくアイデンティティ確認作業のひとつだと思いますが、まぁその心理は別途掘り下げたいとして、演目のこと。

 

今回の演目は分かりやすかった!音を聞いて、舞を見て、世界観や物語の想像がしやすかった、という意味です。まぁ解説書きがあるから脳内保管されているところもありますが。

 

管弦(演奏のみで構成)でやったのは、「双調音取(そうちょうのねとり)」「柳花苑(りゅうかえん)」「胡飲酒破(こんじゅのは)」。

 

「双調音取」は、音合わせっぽさもありますが、これから始まる世界観を作り出す効果を持っています。「柳花苑」「胡飲酒破」ともに、なんか春っぽい明るさを持っていて、芽吹きとか、暖かい陽気の中での酩酊とか、雅やかなゆったりとした音楽の中に感じる「勢い」が面白いです。

 

舞楽(演奏と舞)でやったのは、「喜春楽破(きしゅんらくのは)」「還城楽(げんじょうらく)」。

 

「喜春楽破」は4人で舞いますが、その所作に見惚れました。ユニゾンの美しさとかそういうことではなくて、何か、風に揺れる柳の枝を見た時のような、つい目で追ってしまう動き。「還城楽」はかなりきっちりとした物語があって、舞楽にしては珍しく、ラジオ体操かと思うくらいテキパキ動くのが面白いです。

 

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<パンフに書かれた「還城楽」のイラスト。面を被り、左手には金色の蛇を持っている。>

 

どちらも、舞の中に物語があり、振付に意味を感じます。案外この舞楽(管弦でも)、小説のネタを考える時のインスピレーションをもたらすかもなー、とか感じました。

 

ちなみにこの会場、皇居内東御苑にありますが、天井から採光されてて、外をイメージしているらしいのです。だから、舞台周りで椅子の置かれている場所の足下は白石の砂利。こういう見立てがあるのも、なんか和っぽさを感じますね。

 

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夢の中へ

こりゃ厨二や、厨二魂の実現や。


と嘘関西弁から始めてしまいましたが、振休を使って文化的な最低限度の生活を志す会(即興)で「FLOWERS BY NAKED」へ。
 
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いやー、何この魂の厨二心をくすぐる空間演出。スチームパンクとモダンファンタジーとウィリアム・モリス的デザインを足して8を掛けたような空間。安心してください、適当です。阿智村のスターカフェに行った時もそうでしたが、かつて夢見た未来や幻想を、映像を媒介に実現している、そんな感じ。本田宗一郎鉄腕アトムを見てASIMOを開発させた、というエピソードを思い出します。
 
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入口すぐのアテンションが本をイメージした演出で、本好きとしてはこの時点で持って行かれます。それ以降も、視覚、嗅覚、触覚に訴えかけつつ、インタラクティブ性もある仕掛けが次々に出てきて飽きることがありません。根元に戻って映像の見せ方に特化しても、様々な工夫が凝らされ、エンタメ屋としても興味深いものばかり。
 
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そして、世界観そのもの。きっとここには様々な設定があるんでしょうが、キーワードや造作はありつつ、余計な説明はありません。そう、コンテンツを享受する側はそんなことを知らなくても楽しめるし、知ったらもっと楽しめるんだろうな、と思うのです。デザインとかと同じですよね。
 
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やー、面白かったし、勉強になりました。
 
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余談ですが。最近の(ってワケでもないか)NAKEDさんのイベントを見てると、ブランディングの徹底がすごいなと思います。イベント名に社名を入れるのもそうだし、今日の会場入口にも代表の方の巨大懸垂幕があって、感心してしまうし今後の方向性も気になるところです。

人付き合いのはなし

この3連休の話。


一昨日は大学の後輩と遊んで飲んで、昨日は会社の同僚とイベント行って飲んで、今日は神社の友達と飲んだ後に高校の友人&先輩と飲んで。図らずもこの3連休で、まんべんなく(という言い方は失礼だけど)いろんな繋がりの人と会えて、振り返れば人付き合いの多彩さが嬉しく面白くなってしまいました。


そこで、ふと思ったこと。


ワシは、同年代の友人との交流ももちろん楽しいけど、すごく年上の人や、すごい年下の人との交流も多くて、それもすごく楽しいのです。さらに言うと、歳の離れた人との交流は、とても勉強になるな、と思っています。


まず、年上の人からはワシの知らないことを学べます。そして年下の人からも、知らないことを学べるのははもちろん、ワシは知っていることにその人が初めて触れる瞬間に立ち会えた時に、その人が心震わされていたりすると、自分が初めてそれに接した時の心を思い出せるのですよね。


些末な例ではありますが。オーセンティックなバーなんてのは、ワシも大学時代に先輩に連れてってもらって酒の飲み方を覚えましたが、今自分が若い人を連れていって、緊張してたり雰囲気を知ろうとしていたりするのを見ると、初めての時の自分のことを思い出せる気がします。


この、いろんな物事の初めての感動を忘れないことは大事だと思っておりまして。例えば物語を作る時。それが仕事であれば、自分のした感動を伝えるにはどうするか、ってふうに考えたりします。でも自分のした感動を忘れている、感動したことすら忘れていることは間々あるわけです。


それを思い出せる機会は大切にしたい。


なーんて言うと、人間関係を利用しているように捉えられるかもしれませんが、そうじゃなくて、影響しあえるってことなのかなー、と思うのです。というかワシ的には「利用」って言葉でも構わないと思っておりまして、お互いの得意なものや無意識に発しているものを、お互いに吸収できると、すごく楽しく生きていけると感じております。


たいがいどんな人でもよーく見れば、自分が勝てないものがひとつ以上見つかる。そうすると、もう誰かを馬鹿にする気なんかなくなるし、影響しあえる感あるなー、なんて。

きょねんのはなし

※年末にポストしろよ、って感じですが(実際FBでは年末にポストしてましたが)。


「ニクさん、年にどれくらい旅してるんですか?」と、こないだ会社の後輩に聞かれたので「15回くらいじゃない?」とテキトーに答えたのですが、「月に1回以上じゃないですか、行きすぎ!」と罵られてしまったので、ちゃんと数えてみました。


1月
サイパン

2月
・神戸や有馬温泉界隈(ライブ)
・札幌(出張)
・山形(後輩の神社に遊びに)

3月
・京都、奈良、信楽(独り旅)
・佐倉、木更津(独り旅)

5月
北米大陸ぼっち横断(独り旅)
三浦半島(ゼミラリー)

6月
・1日で日本横断(根室から与那国島
・大阪(味園ビル訪問)

7月
・岩手周遊(遠野、花巻、龍泉洞
・札幌(出張)

8月
・新潟(大地の芸術祭

9月
三宅島
・金沢、白川郷(誕生日)

10月
・中津川、馬籠塾、阿智村、下栗の里(星を見る旅)
・天草半島、五島列島対馬(九州離島旅)
榛名山界隈、伊香保温泉(紅葉狩り

12月
・伊勢と九州(←どうしてそうなった)


……わー、19回だよ。出張抜いても17回だよ。15回じゃ足らなかったよ。そして独り旅好きなのに独り旅比率低すぎだよ。


どこまでを旅に入れるかってのも微妙なもので、展示やらを見に行くのが目的だったりするものは抜いていて(木更津は入れたけど護衛艦いずもを見に行った横須賀は外したり)、それでもこれだけ行っているのは自分でも驚きました。そりゃ、これで日々飲食にも励んでいるわけですから、金欠にもなりますよね。。。


久々の&新年最初の日記こんな雑さで恐縮ですが、謹賀新年、今年もよろしくお願いいたします、と、とってつけたようなご挨拶。

銀河の歴史が、また1ページ

小説を書きたい、文章書きになりたい。


そう明確に思ったのは、中高生のころに「銀河英雄伝説」や「創竜伝」を読んだ時でした。全くのフィクションなのに、ひとつの歴史を創りあげているそのすごさに感銘を受け、ワシも紙上に歴史や人生を創りあげたい、と思ったのです。


その結果、大学は日芸文芸に行き、それが生き様に多大な影響を与えているのですから、ワシの人生を決めた一冊(何巻もあるけど)と言って良いと思います。

 

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昨夜はそんな銀英伝のイベント「銀河英雄伝説 〜Forever Yang〜」を見に、サントリーホールへ。このイベント、大阪にある「海鷲」というバーのスタッフが、ある意味個人レベルで主催しているですが、サントリーホールを借りて、作者の秘書も来て、名だたる声優陣が揃うという、すごいもの。


そこで、オーケストラ演奏で銀英伝のアニメで使われてた楽曲が様々に演奏され、その合間合間に出演声優さんの小芝居(含む茶番)が挟まり、特にアニメが好きな人には溜まらないんじゃないかな、と思う内容。ワシは小説原理主義者だけど、もちろんアニメも面白く見ているので、じんわりと堪能しました。


主催者と知己の方が誘ってくれたので、取ってくれたSS席はまさかの最前列。目の前でキートン山田さんとか井上和彦さんとかが、キャゼルヌやアッテンボローを演じている贅沢さと言ったらない!とはいえ、やはり声優さんたち、アニメ終了から20年近くが経って、声が変わられたな、と感じる場面もしばしば。


そういえば。オーケストラコンサートに行ったのも久々だけど、最前列で見たのは初めてで、じっくりと指揮者を見てたら、やっぱりオケの指揮者って大事なんだな、と思いました。最近、のだめカンタービレを全巻読んだこともありますが、指揮者無しでも演奏はできるかもだけど、指揮者が演奏を支配するんだな、と感じます。閑話休題


イベントの大ラス、フレデリカの台詞から会場中での自由惑星同盟国歌の合唱、すなわち8巻最後の「八月の新政府」の再現は、思っていた以上に震えました!色んな年代の人たちが集まってましたが、銀英伝好きで作ったこの一体感はすごかった……。

 

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そしてイベントが終わってふと物思い。ワシにとって、旧アニメ版はこのイベントで一区切りついたな、ということ。2017年から始まる予定という新アニメ版は、旧作を引きずらずに、全然違う演出でもキャラデザでも良いしCGでも3Dでも良いので、銀英伝の新しい世界を見てみたいな、と。


なにせ、それでも揺るがない原作小説があるんですから!

12年ぶりの911メモリアル

2003年9月。ワシは初めてのニューヨーク(NYC)に行きました。当地(と言っても近くのデラウェア州)に留学していた友人を訪ね、その友人に連れていってもらったのですが、もう一つ明確な理由がありました。

2001年の911同時多発テロから2年。その現地を見てみたい。

再度のテロ予告もまことしやかに流れていたころ。友人や家族からは渡航そのものに反対もされましたが、当時、既にIT会社勤めをしてましたがまだジャーナリストへの憧れも持っていた26歳、世界を変えた事件の現場を、その空気を感じたい、そんな思いを持って、会社の休みを合わせてNYCに向かったのでした。

その時感じたことは、当時やっていた「自称ニュース系テキストサイト」(のページの9月19日付け)に書いておりますが、セレモニーを見て、現地を歩きながら「アメリカに対する同情、次に怒り、そして憐憫の情」を感じていた模様。青臭いテキストでお恥ずかしながら、まぁ考え的には今もそんなに変わらないかも。

そんでまぁ、この5月に「#北米大陸ぼっち横断」なる企画旅を行い、カナダ・バンクーバーからNYCまでを横断しました。NYCに来るのも12年ぶり。横断中は独り旅でしたが、NYCでは、12年前は留学で来ていましたが今はブロードウェイで音響仕事をしている友人と今回も落ち合い、一緒に遊ぶことに。

BWで芝居を見て、タイムズスクエアを巡り、セントラルパークを歩き、ゴスペルを聴き、ブルックリンブリッジを渡り、そして今回もやってきた「911メモリアル」(グラウンド・ゼロとも呼ばれますが、個人的にその呼称が好きでないので、こちらの呼び方で)。

NYCの高層建物群の中から、パッと開けたようなその場所に一歩踏み入れた時、横に広がる教会の柵を見て、12年前の記憶がくっきりと甦ってきました。

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上の写真の左手の柵、ここは12年前の追悼式典で、次の写真のように、消防士や警察官などを称えるポスターが貼られていたのです。

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連鎖的に次々と甦るその時の光景。 

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追悼式前日、近くのビルの通路から現場を見ることが出来たのですが、まだ瓦礫を搬出する作業をしていたようです。

 

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追悼式典当日(2003年9月11日)の現地。

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悼む人々。通路は報道陣と遺族の専用通路でした。

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犠牲者の名前が書かれたプレートと、献花、そして痛切なメッセージ。

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各国の報道陣の中継車が列をなします。ちょうど見かけたNHKさん。

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夜。WTCツインタワーのあった箇所から発せられた蒼い二本の光が、NYCの空に吸い込まれていっていました。

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深夜まで絶えない祈り。


それから12年、911当日ではありませんが、こんなに変わっていました。

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ツインタワーのあったところは、ビルと同じ大きさの追悼モニュメントが置かれ、犠牲者の名前が刻まれています。

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911メモリアルのミュージアムには、当時の遺構などがそのまま残ります。

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そして、落成間近だった新WTCビル。


12年という月日、事件から数えれば14年が経ちますが、瓦礫の下だった光景をかくも近代的に塗り替えました。新しいWTCビルは、ワシの行ったGWのちょっと後、5月15日から稼働を開始し、31日からは展望台にも入れるようになったようです。


干支が一回りするだけの時間を経て、ある種の節目の時期にここを訪れたことは、ワシの中の歴史への記憶の上塗りとなりました。またいずれここを訪れることがあるかもしれませんが、その時ワシは、アメリカは、世界はどうなっているんでしょうね。この地に経つと、個人レベルのことが世界のことに繋がっていくような、そんな不思議を感じる場所です。


余談ですが。2001年から書いているように、ワシは世界からテロを無くす最も有効な手段は、世界中の人々が毎日三食満足に食えるような富の再分配を行うことだと考えています(参考テキスト。さらに青臭くて顔からファイヤーボルトですな)。これの実現は不可能ではないと思っているんですけど、自分にそれだけの力も意思もないのがはがゆい。