コトノハのシズク Blog(仮)

肉の妖精のライフログ。

ぴあ終了お知らせ

もうすっかり先月の記事ですけどね。


情報誌「ぴあ」39年の歴史に幕 首都圏版、7月で休刊
http://www.asahi.com/culture/update/0421/TKY201104210592.html


雑誌不況ここに極まれり……という気は無くて、むしろエンタメ情報が何でもネットで得られる時代、「情報誌」がここまで生き残ったことに、意地と敬意を感じています。


かくいうワシももう何年も買ってませんでしたからなんとも言えないのですが、とはいえやはり単純な「検索性」で言えば、やはり紙の優位というのも少なからずあっただけに、残念です。


ぴあ誌にはちょっと思い出がありまして。


社会人でプロモーションの仕事をしていたころも、特にゼロ年代前半まではぴあにも広告を入れていました。でも実はそのもっと前、20世紀の大学生のころに、ワシのデザインした広告が掲載されたことがあって、それがワシの人生初の、自分が作った広告の商業誌デビューでした。


ネタは大学の学園祭。日本で(人数と規模は)一番でかい大学に通ってまして、普段は学園祭も学部ごとにやるんですが、全学での学園祭というのがそれとは別にありまして、その役員をしていたことがありました。


で、その年はワシら芸術学部のイベント好きが相当関わって、まぁ青臭いことを言えば「それまでにやったことがないことをドンドン」やっていったのです。


そのひとつが雑誌広告。


で、ワシ自身はその委員会内で総務方の長だったのですが、当時、文芸学科のくせに紙のデザインが面白くて、友達のイベントのポスターなんかを作っては小遣い稼ぎをしていたので、その、ぴあでの雑誌広告のデザイン&コピー製作のお鉢が回ってきました。


作ったものは、今にして考えれば自己満足の極みというか、伝えるべきことが伝わってないというか、正直今の自分がクライアントなら即ボツにしそうなものですが、その時は一応、仲間からも教職員からもOKを貰い入稿。掲載号を見た時はそれはそれは嬉しかったものです。


まぁそんなんでも一応ぴあの4C1Pですから、媒体費百ウン十万はしたんですけどね。


出来はともかく、ワシがあまねく公知されるプロモーションの面白さに目覚めたのは、もしかしたらこの時だったかもしれません。その意味でも、とても思い出深い雑誌ですし、やはりそれがなくなるのは残念ですね。